2017年2月20日月曜日

穿光の巫女




              ( プロローグ・亜餓鬼 )

カサ、カサ、カサ、
仄暗い天井の隅で 一匹の蜘蛛が蠢いて居た
蜘蛛は そのやや大きな頭を擡げると おどろおどろしい人の顔が浮かび上がる
其の正体は 人の欲や思念に執り付かれた あやかしであった
人は これを 亜餓鬼とよぶ
シャー
蜘蛛は突然 部屋の中央に敷かれた布団めがけ襲い掛かると キーン!
枕元に置かれた 日輪の花簪が甲高い音を発てた
其の瞬間 ガシュッ! シュ~
「 四郎、仕留めたのか? 」「 ああ 」
左狛四郎、忍者の血筋を受け継ぐバンパイア 俊敏な運動能力を持ち
自慢の牙で 亜餓鬼を狩る 武闘派
しかし 変身しても仔犬程度の大きさしかない
スー、スー、
「 たく~、紗江子ちゃんは 人の苦労も知らずに 平和な寝顔をしてるぜ 」
中山紗江子、代々、女系のみで受け継がれる 天照を祀る神社の長女
神聖なる穿光針を操り 人の煩悩を浄化する事が出来る
「 まぁ、そう、言うなって 」
「 俺達は 紗江子を守る 血の誓約を交わしているんだから 」
右狛エディ、ヨーロッパ貴族の血筋を受け継ぐバンパイア
明晰な頭脳と呪文を得意とし ひと睨みで 人を操る事が出来る
やはり 変身しても仔犬程度の大きさしかない
「 うぅ~ん 」バターン、 キュッ、キャン、
「 紗江子、寝相悪過ぎ!」「 あはははっ、四郎、油断したなっ 」



                 ( アジシオ )

「 おはよう 」
「 紗江子、おはよう 」「 紗江子、お前、寝相悪すぎ 」
ギラリン! 「 あんだって~ 」
「 四郎、あんた、乙女の寝室に忍び込んだ訳? 」
シュッ、
紗江子はポニーテールのリボンに着けた 日輪の花簪を引き抜くと
プスッ、
「 あっ、あっ、紗江子ちゃん 痛いんですけど 」
「 あんたの そのスケベ心を浄化して上げてんじゃない 」
「 それに 君は不死身なんだから 如何て事無いんじゃないの 」
プスッ、プスッ、プスッ、
「 不死身でも 痛いものは 痛いんス 」
「 第一、俺達は亜餓鬼を退治しただけで
   なんで こんな理不尽な目に 遭わなくちゃなんないだよ 」
「 おい、エディ、お前も何とか言えよ 」
「 エディも居た訳 」
シュッ、 パシッ!
「 紗江子ちゃん 俺は四郎と違って
      マゾっ気は無いから かんべんなっ 」
「 あっ、エディ、おはよう 」「 グッ、モーニン 」
「 何、愛想振り撒いてんのよ この女ったらしが 」
キーン!
紗江子の持つ 穿光針が甲高い音を立てて響く
「 暴走車だー 」
振り向くと 1台の車が 次々と通行人を跳ねながら 此方に向ってくる
「 エディ、止めて 」「 承知! 」
ギラリ、・・キーッ、ギャン、ギャン、 ドォーン!
車は急ブレーキを掛けながら 電信柱にぶつかって止った
「 随分、乱暴な止め方ねっ 」 
「 車は急に止れないって 言うだろ 」
タッ、タッ、タッ、タッ、バタン、
紗江子は車に駆け寄り ドアを開けると
異様に充血した 真っ赤な目をした男が のっそりと現れ
「 なんだっ、ネエチャン 」
シュッ、 プスッ!
紗江子は間髪入れずに 男のわき腹に穿光針を突き立てる
シュパーン、
針先から 眩い光が迸ったと思う間も無く
         白い光が繭の様に辺りを包み込んだ
やがて、男が力無く膝を付くと
      その首筋から 真っ赤な拳大のヒルが落ちた
ポトリ、 ウニョ、ウニョ、ウニョ、
「 四郎、お願いっ 」「 ガッテン、」
ガキーン バシャッ、 ボトッ、ボトッ、ウニョ、ウニョ、ウニョ、
真っ赤なヒルは 血飛沫を上げ二つに分かれても 其の動きを止めなかった
「 くそっ~、こいつ増えるばっかで 不死身なのか? 」
「 四郎、私に任せて 」
タッ、タッ、タッ、ピタッ・・サッサッサッ、シュ~
タッ、タッ、タッ、ピタッ・・サッサッサッ、シュ~
「 紗江子、スゲーッ! それって 新しい武器なのか? 」
「 いいえ、アジシオ 」? カクッ、
「 だって ナメクジに塩って言うでしょ 」
二人は声を揃えて「 ヒルだっつうの 」
パシャーン
其の途端 紗江子達を包み込んでいた 白い光の繭は 弾ける様に乖離する
行き交う人々には 光の中での出来事は一瞬の事であり
人々の目に触れる事は ついぞ無かった
「 あ~ん お昼のサンドイッチに掛けるアジシオが無くなっちゃったよ 」



                 ( ゴミ屋敷 )

「 ここが、有名なゴミ屋敷か それにしても酷い臭いだな
                 俺達は 鼻が利くから たまんねぇよ 」
「 でも 吊るした穿光針の針先が此処を示してるから
              不浄の者がきっと居るはずよ 」
「 とにかく 入ってみましょ 」
エディは絹のハンカチーフを口元に当てながら
「 いや、俺は 此処で見張ってるわ 」
「 仕様が無いわね、四郎は着いて来てね 」
「 こんにちは~ 」・・・返事が無い、
「 入りますよ~、お邪魔しま~す 」
ガサ、バサ、ガサ、
足元は歩きにくい上に 人がやっと通れる位まで ゴミが所狭しとひしめき
辺り一面から すえた臭いが立ち込めている
「 誰じゃ! 」
柱の影から 痩せこけたお婆さんが 顔を出した
其の途端、キィーン、 日輪の花簪から甲高い音が響く
「 御婆ちゃん 我慢してね 」「 浄化! 」プスッ、
紗江子が 其のお婆さんの肩に 穿光針を突き立てると
真白き光が 辺りを包み込み お婆さんが力無く横たわった
ガサガサ、ガサガサ、ガサ、
ゴミの山の中から 1mは有ろうかと思われる ゴキブリが姿を現し
紗江子と四郎の前に 後ろ足で立ちはだかると
その頭の部分には ワカメを垂らした様な髪型の人面が浮かび上がった
バキーン「 お前は、着ぐるみかー 」
四郎が問答無用で 前蹴りを放つと ゴキブリ男はあっけなく ひっくり返り
ジタバタ ジタバタ
「 紗江子、今だ! 」「 えっ、何だか汚れそうで・・ 」
紗江子が 一瞬躊躇する間にも ゴキブリ男は起き上がり
ハァ~ッ
黄ばんだ歯をむき出しにして 口を大きく開け 生臭い息を吐きかける
「 あ~ん、お口臭~い 」「 オエッ、たまんね~ 」
「 エディ~、何とか成らない 」
「 承知! 」
エディは胸元で印を結ぶと・・・・呪文を唱え
「 ヒート・ウェーブ 」
ゴキブリ男は小刻みに身体を震わせ やがて全身が熱を帯び 真っ赤に染まる 
「 紗江子、とどめを、」「 判った! 」
「 浄化! 」パシュッ、・・シュ~
スパーン!
紗江子の放った 穿光針が見事に ゴキブリ男に命中すると
         其の姿は虚無に帰り 真白き光は弾ける様に乖離する
「 亜餓鬼はやっつけたけど、このゴミの山は如何しよう? 」
エディが「 俺が 専門業者を頼んどいてやるよ 」
四郎が「 さすが、貴族様、リッチだね~ 」
「 いやいや 大した事は無いよ 」
「 嫌味で言ったのに、褒め言葉に聞こえる訳、」
「 四郎君と違って、気持ちにゆとりが有るから仕方が無いよ 」
「 けっ、言ってろ 」



                 ( 赤ムカデ )

「 あっ! 」
「 どうかした? 由美、 」
「 うん、今 足首を虫に刺されたかも 」
・・・
「 うぅ~ん 」
「 お母さ~ん、お母さ~ん 」
タッタッタッタッ「 由美、どうしたの? 」
「 うん、酷く足が思い感じ・・ 」
バタン!
「 由美、由美・・ 」
「 まっ、足が腫上がってるし 凄い熱! 」
・・・
「 うぅ~ん、うぅ~ん、」
「 由美、だいじょうぶ・・ 」
「 紗江子ちゃん ごめんなさいね
      せっかく見舞いに来て下さったのに・・ 」
「 お医者様に診て頂いたんだけど
    熱が一向に下がらなくて ずっと うなされたままなの 」
キィーン、キィーン、
紗江子の髪に付けた 花簪が小さく震え音を立てる
紗江子は四郎に目配せし お互いに頷き合うと 
「 お母さん 由美ちゃんは強い子ですから
           直ぐに 良く成りますよ 」
「 今日は お邪魔しました 又 伺います 」
・・・
玄関を出ると 早速 四郎が
「 ありぁ、完全に 腐毒に犯されてんな 」
「 うん、早く元凶の 亜餓鬼を浄化しなくちゃね 」
・・・
キイーン!
紗江子の髪に付けた 日輪の花簪が甲高い音を立てた
「 でっ、出たな! 」
ガサガサガサ
何時の頃か 廃墟と成った この洋館の近くで
親友の由美が 何かに刺され
ここ数日 高熱を出したまま 一向に回復の兆しさえ無かった
紗江子達 三人は この事件の原因を亜餓鬼の仕業ではないかと
刺された場所に目星を付け 此処まで 出向いてきたのだが
洋館の庭に有る 朽ち果てた大木の洞から それは現れた
「 やだっ、あの赤い奴 物凄く脂ぎってんじゃない 」
そいつは 素早い動きで 艶々した赤い身体を撓らせて
洞から 飛び出しナイフの様に 襲い掛かる
「 紗江子、俺に任せろ! 」
「 四郎、あいつの動きを一瞬でも止めてくれれば
           後は この穿光針で浄化するから お願い 」
「 おう! 」
ガサガサガサ ザッ ザサッ タッタッタッ ダッ!
四郎は勢いを付け 其の自慢の牙で 亜餓鬼を押さえ込うとしたが
次の瞬間 ブシューッ!!
真っ赤なムカデは 口元から毒液を吐き 飛びか掛かった四郎の視力を奪った
ドサッ、キャン、キャン、
仔犬の体型をした 四郎は 地面に倒れこみ のた打ち回る
ムカデの注意が四郎に注がれた その一瞬の隙に
          紗江子が穿光針をムカデに突き立てると
シュパーン、
眩い白い光と共に 真っ赤なムカデが 弾ける様に乖離した
「 ふぅ 」
ザワザワザワザワザワザワ
洞の奥から 無数の小さな赤ムカデが 湧き水の様に這い出してくる
「 いや~っ、何なのよ こいつ等 エディ、何とかしてぇー 」
エディは胸元に印を結び「 フリーズ! 」
パキパキパキ
地面から霜柱が立ち上がり みるみる木の洞を氷が覆ってゆく
カサカサカサカサカサ
小さなムカデ達は素早く 洞の奥へと身を隠して行った
「 紗江子、取り合えず あいつ等は封じ込めたが
                  この後 如何する? 」
「 なんとかしたいけど
     今は 四郎の目が心配だから 一旦引いて出直しましょ 」
「 わかった 」
バタバタ「 四郎、大丈夫だよ 直ぐに治したげるからね 」
紗江子は仔犬姿の四郎を抱え上げ
「 エディ、四郎の事 お願い 」とエディに手渡した
・・・
チャプン
天照を祀る神社の裏に在る 小さな泉に来ていた
紗江子はハンカチを 泉に浸し それで四郎の目を拭きながら
「 四郎、すぐに良くなるからね 」
ポワ~ン
白く淡い光と共に 四郎が目を開けると 忽ち人の姿に戻った
「 すげ~な 此処の泉! 」
「 ええ、此処は巫女が身を清める泉だから
            天照様のご加護が宿っているの 」
「 ふぅ~ん そうなんだ 」
エディが「 思いついた事が有るから 待っててくれ 」
そう言い残すと 社務所に取って返し
暫くすると エディがビニール袋を持って帰って来た
四郎がエディに「 ビニール袋を如何するんだ 」
「 この泉の水で ムカデどもを浄化して遣ろうと思ってな 」
「 へっ? 」
「 まあ、任せときなよ 」
・・・
再び、古木の洞へと遣って来た
「 四郎、ビニール袋の水を洞の中に ぶち撒けられるか? 」
「 ああ、如何って事無いぜ 」
「 じゃあ 頼む! 」「 ほいよっ 」
シュタッ! トン、トン、バシャ
四郎は仔犬の姿に変身すると ビニール袋を咥え
         身軽な体裁きで 洞の中に水をぶち撒けた
「 エディ、で この後は如何すんだ? 」
「 後の仕上げは任せろ! 」
エディは印を結ぶと「 ヒートウェーブ! 」
呪文と共に 古木が小刻みに震え 激しい湯気が立ち込める
やがて 湯気は白く淡い光に変わり 一気に光が弾けた
「 なっ、何が起こったんだ? 」
「 聖なる水で ムカデどもを
     蒸し焼きと言うか 浄化して遣ったんだ 」
「 あら、本当、穿光針も反応しないわ 」
「 お~っ、此れで由美の腐毒も消えるぜ 」
 

                         ( ハァ、ハァ )

キィーン
紗江子のポニーテールに刺した 穿孔針が甲高い音を立てる
ズサッ!!
行き成り 黒い影が 紗江子の身体を押し倒した
路上に倒された 紗江子が 振り仰ぎ 視線を徐々に上げると
そこには 真っ赤に血走った眼つきの 大きなブルドッグが居た
「 アッ、」
紗江子はブルドッグから距離を取ろうと 身体を攀じるが
ブルドッグは 紗江子のスカートの裾に足を掛け にじり寄って来る
「 四郎~っ 」
四郎の鋭い聴覚に願いを託し 声を張り上げながら
自らも 髪に刺した 穿孔針を引き抜き
ブルドッグ目掛け 突き立て抗おうとするが 其の刹那
ブルドッグの太い前足が 穿孔針を握り締めた右手を踏み付けた
ハァ、ハァ、ハァ、
ブルドッグは 荒い息と共に よだれを垂らしながら 尚もにじり寄る
「 いやーっ 」
四郎は 7~800m程離れた場所で 紗江子の声を聞き付け
仔犬の姿に変身すると 疾風の如く走り出す
要約 前方に紗江子の姿を視止めると 吼えながら全速力で駆け着ける
ワォ~ン
ブルドッグは 四郎の声に振り向き
紗江子の右手に掛けた前足の力が 微かに緩んだ
紗江子は 其の僅かの隙を突いて 右手を振り上げると
ブルドックの肩目掛け 穿孔針を突き立てた
「 浄化! 」パシュッ、・・シュ~
スパーン!
紗江子の穿光針がブルドックの肩に 突き刺さると
         其の姿は虚無に帰り 真白き光は弾ける様に乖離する
トン、
眩しい光が弾け 目を開くと
紗江子の胸元には 仔犬姿の四郎が・・・
バキッ!!
紗江子は 左手の握り拳を 四郎の顎にヒットさせる
「 なっ、何遣ってるのよ 」
「 俺は 紗江子を助けようと・・・ 」
「 ドサクサに紛れて 私の胸をでしょ 」
「 そっ、そんなぁ~ 」
「 誤解だってばぁ~ 第一、それほどの物でも・・ 」
「 えっ、今、何て? 」
「 いっ、いや、何でも・・ 」







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